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やっぱり『可愛い子には旅をさせよ』だと思う

この仕事を始めてみて、思ったより、世の中には『よそへ預けられない犬』が多いなと感じました。
預けると鳴き続けてしまったり、自分が怪我をするほどケージの中を引っ掻いたり、鼻を擦りつけたり。
預けられているその最中には明確なストレス行動を出さなくても、後から下痢をしたり吐いたりっていうこともあります。
ごはんを受け付けなくて痩せこけて帰って来るとか、水すら飲まないとか。
パワーのある犬だと、ケージを破壊して外に出てたっていう話も。

安心してよそに滞在できない理由は、犬それぞれです。
ケージというものがダメで、よそであろうと自宅であろうとそういうものに入れられない犬。
人が見える範囲にいてくれればいいという犬、飼い主さんじゃないとダメな犬。
一日、二日なら耐えられるけれど、連泊になると辛くなってくる犬。
逆に飼い主さんと離れた直後が一番戸惑う犬。
散歩さえしっかり行ければ耐えられる犬、人との触れ合いの時間が足りないと発狂してくる犬。
細かく見ると『よそに滞在する時の“何が”苦手なのか』がそれぞれ違うので、どうすればいい、と一括りにする事は出来ません。

様々なケースがありますが、ここ最近、私がすごく気になった事があります。

最近は、個人経営のこぢんまりとした、アットホームな雰囲気のトリミングサロンが沢山出来ています。
ショップや病院に何人もトリマーが勤めているのではなく、自宅の一角で、一人で切り盛りしているようなお店ですね。
そういうお店って、場所も限られてますし、店主の方針という場合もありますが、トリミングが終わったらすぐに飼い主さんに迎えに来てもらうとか、すぐ自宅へ送って行って、ほとんど犬を店内に置いておかない場合が多いと感じます。
この事が、『よそへ預けられない犬』を増やした一因になったのではないかという気がしています。

要するに、犬の社会化の機会を一つ奪う環境が整っていると思うのです。

犬を無駄にケージに閉じ込めておきたくない、終わったらすぐおうちに帰してあげたいというのは、勿論、犬のことを考えてあげるトリマーさんだからです。
私も、特にうちに来るのが初めての犬の場合は、なるべく短時間でお迎えに来て頂きます。
飼い主さんも、犬を想うからこそ、たった一時間や二時間でも面倒がらずにすぐお迎えに来てくださったりするものです。

だけどいつまでもそれだけというのは、ちょっとあまりにも『よそへ滞在する機会』を奪いすぎているのかも知れないな、と思いました。
カットが必要な犬種は特に、子犬の頃から定期的にトリミングに出される事が多いですから、いつものサロンくらいは平然と滞在できるようになるはずなのです。
入院したり、ペットホテルに預けたり…っていう事がない犬ほど、トリミングの場は『よそへ滞在する』という経験を積むための、より貴重な機会になります。
社会化とは“経験の積み重ね”です。
わけのわからない子犬の頃から“経験”を積み重ねていけば、少なくとも、その『いつものサロンに預けられる』という“経験”は犬にとって当たり前のものになって、狼狽えたり戸惑ったりするようなものではなくなるはず。
そうして、安心してそこに居られるようになってから、「一泊預かってみてもらえますか?」となれば、犬の安心度は大分違います。

あるいは、「トリミングが終わったらしばらくケージに入ってるもの。」と犬が思えば、他のお店に出された時も、「あれ、場所は違うけど…されてる事はいつもと同じだから、この後起こる事も同じかな。ケージで待ってれば、お迎え来るのかな。」という具合で、『これまでの経験』から狼狽えずに済むことも考えられます。
だけど作業が終わってすぐに車に乗せられ自宅へ送ってもらっていた犬は、違う流れ(ケージに入れられる)になった時、「なんで!?いつもと違う!何が起こるの!?どうすればいいの~!!?」となってしまう可能性がぐんと高くなる。
一度そうなると、トリマー心理としては「この犬は預かってると可哀想だからなるべく早く帰そう…」ということで尚更犬の滞在時間を短くしようと努力しますし、話を聞いた飼い主さんも心配になって、なるべくよそへ預けないようにしようとします。
トリミングも、同じところがいいだろうと、ずっと同じお店に出すでしょう。
それが結局、尚更犬の社会を狭めてしまうことになりかねない。

今の時代、こんな流れがあって、『よそへ預けられない犬』が多いんじゃないかなという気がしました。

あとは今流行っている犬種の影響は大きいでしょう。
プードル(特にアプリコット、レッドなど、茶色い毛のコ達)やロングのダックスは、ただでさえ飼い主さんへの依存度が高く、不安がりです。
プードルに関しては“不安障害の遺伝子”を持っていると言われています。
最終的に不安障害が発症するかどうかは勿論別の話ですが、とにかく、元来不安がりなことは間違いないです。
そういう犬種、あるいはそういう犬種が入っているMIX犬は、だからこそ一際、幼い頃から社会化を意識して育てなければ、どんな状況にも対応できるどっしりとした犬にはなりづらいものですが、実際は基本のきである散歩すら、小型犬だと行かなくて大丈夫という世論になっています。
そりゃあ尚更新規の刺激に弱い狼狽え犬が出来上がっちゃうっていうところです。

ケージに閉じ込められてパニックになっていたり、ギャーギャー騒いだりしてしまう犬を見ていて、可哀想…早く帰してあげよう…と思うトリマーさんが増えていることは、業界全体の意識の向上に繋がっていると思います。
そういうトリマーさんはやっぱり、犬を想い、犬にいいこと、犬の負担にならないこと、すごく勉強していると思います。
そういうトリマーさんを選ぶ事によって飼い主さんも意識が高まっていきますし、なんとなく仕事していたトリマーさんは選ばれなくなっていく事で、危機感を持って勉強し始めることもあるでしょう。
お店ごとにポリシーやコンセプトがはっきりあって、それぞれの理想のお店を追求することは、決して悪いことではありません。
たまたま今回私が思った内容は、結果として、犬の社会化を促すものではなかったけれど。

ここから更に全体の意識が高まり、もっともっと『犬の保育園』が馴染み深いものになっていくといいな、と思います。
トリミングや病院への短時間の滞在も、貴重な社会化のチャンスと考えれば、保育園とまで言わなくとも、トリマーさんや看護師さんが保育園的な要素も意識して犬を預かってくれれば、ただの預かりとは雲泥の差になるはず。

うちでも毎週保育園に来てくれる犬が段々増えていますが、犬の元の性格(大胆なのか恐がりなのかなど)によっても勿論差はあれど、やっぱり何と言っても沢山経験を積んだ犬ほど態度に差が出てきます。
むしろ、明るく元気な性格だけれどほとんど保育園に来たことがない犬と、警戒心が強く引っ込み思案な犬だけれど毎週来ているコとでは、後者の方が気持ちにゆとりを持って保育園の場に居られるようになるものです。
経験値で差が出るもんだなぁと感心させられるくらいです。
(勿論、同じペースで来ていたら、もともと肝っ玉の据わった性格の犬の方が余裕綽々で過ごしますが)

私が保育園を始めた一番の理由は『留守番が長すぎる犬達のため』でした。
もともと集団生活者である犬達にとって、長い留守番(孤独、社会からの隔離)はそれだけで大きな負担です。
でも、核家族化の時代、夫婦共働きや一人暮らしで犬を飼って、長い留守番から寂しさと欲求不満を募らせて、問題行動に走る犬達。
飼ってしまってからそれを知って、飼い主さんもいつも気に病んで…というケースを少しでも和らげたいと、保育園を始めました。
結果として最近は別に留守番が長いわけでない犬達も多く来てくれますが、彼らを見ていて、犬の保育園はこれからの時代ますます必要だなと私は感じます。
長い留守番の軽減、社会化のため、多頭飼育の場合に時には犬達を別々に過ごさせるという事にも大きな意味があったりするものです。

あ、勿論、保育園をやっているお店やスタッフの考え方、環境によっては、逆に悪い経験を積ませてしまう事にもなりかねないので、大切な愛犬を預ける先はよく選んでください。
スタッフとよく話をし、できれば保育園をやっている場を見せてもらい、良さそうと思えたら預けてください。
例えば狭すぎる環境で犬を沢山放してごちゃごちゃと入り乱れ、密度が高すぎる・犬の距離が近すぎる事から、犬達がピリピリして余計な争いが頻発しているようでは、よくないですし。
あまりにも犬同士がドタバタと騒がしく遊び続けているのを、スタッフが止めないようでは、それもよくありません。
犬同士が楽しく遊ぶ事の何が悪いの?と思う方もいらっしゃるでしょうが、あまりに激しく興奮している状態を放置することはとっても悪いことだというのは常々書いてきているので、ご興味があれば他の記事も読んでみてください。

それに、そういう激しい遊び方が身についてしまうことは、犬社会において大きなマイナスになり得るのです。
「犬と遊ぶってこういうこと」と思ってしまって、散歩中に犬を見かけるたびに「あっそぼぉ~!」と興奮するようでは飼い主さんも困りますし。
『ドタバタ激しいプロレスごっこ』っていうのは、子犬の遊び方なので、成犬になると大抵の犬はしたがらなくなります。
あるいは、ごくごく親しいもの同士でしかたがらなくなります。
親しくもない犬に『遊び』をけしかけるのが許されるのはほんの子犬の時だけなので、そこそこの月齢になってまだそれをやっていると、相手の犬を怒らせます。
小学校中学年、高学年、あるいは中学生になって、親しくもない近所の人や親戚、まして初対面の相手に、いきなり飛びかかってプロレスごっこしようって、言わないですよね。
それと同じ。
犬社会においても「何なんだあの無礼なやつは。頭おかしいのか?」という具合で、嫌われてしまう行為です。

保育園やドッグランなどの『犬が沢山集まる場所』は、うまく利用しないとデメリットをもたらすことも多いです。
よく吟味して挑戦してください。



さて、もう先月となってしまいましたが、我が家の長老・シェパードの幸一、お陰様で13歳を迎えることができました。
沢山の方から誕生日プレゼントも戴き、そんな写真と共にご報告したかったのですが、何故か今パソコンがメモリーカードを受け付けてくれず、パソコンに画像が取り込めずで、書きたいタイミングでブログを書く事が出来ませんでした(-д-)
でもまさかの13歳を迎えられたこと、しかもまだ自分の足で歩いてもりもり食べてっていう13歳になれたこと、感謝しかありません。
沢山の方々に愛して頂き、気にかけて頂き、幸一も頑張ろうと思えていると思います。

私との生活は本当に、幸一の負担と気苦労が絶えない日々です。
どうしてこんな生活をまだ続けようと思ってくれるんだろう、なんで早く「もう嫌だ」ってお空へ帰ることを選択しないんだろう、と結構真剣に思う事も多々あります。
幸一のため、幸一にしんどい思いをさせないためと、精一杯の努力をしているつもりながら、まあ大抵力及ばずで「また今年もやっちまった…」と思いながら一年、一年と過ごしてきました。
きっと今年もやっちまうんだろうなぁとも思いますし、今年こそやっちまいたくない、いい加減にしないともう13歳なんだぞいよいよシャレにならねーぞとも思っています。
でもこうだからこそ幸一は「まだお母さんの傍にいてあげないと」と思ってるんだろうなぁー。
「僕がいないとどうせ無茶するんでしょ?お母さんがちゃんと無茶しない大人になれたらお空に帰りますよ。」ってことなんだろーな。
じゃあ私が大人にならないでいる方がこうちゃんは長生きしてくれるってことか?と、なんかわけのわからない思考にはまっていく今日この頃です。

そんな事を言いながら、今年は早くも忙しくなって参りました。
もうまたブログを書けない時期です、ごめんなさいw
気力と時間が余った時に、ぽつぽつ書いていきたいと思います。
 
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ブリーディングのこと

前回の留守番記事から散歩へ話題をつなげる予定でしたが、ちょっとまた脱線。
脱線得意です。

お客様から、あるHPをご紹介頂きました。
シェパードや、最近ではコーギーで報告が増えている、変性性脊髄症(DM)という難病についてのHP。

DMゼロを目指して

「うちの犬種には関係ない」と思ったあなた、ちょっと待って!笑
話題にしたいのはこの病気そのものについてと言うより、ペット業界全体においての、ブリーディングに対する意識の持ち方だから、動物と関わる以上は無視しないでほしい問題なんです。
売り手は勿論、消費者一人一人にも関心を持ってもらいたい。
悲しいかなどこにでも必ず「お金が一番大事」という業者はいるし、それに対して「詳しいことはよくわかんないけど手頃な値段で買えれば何でもいい」「可愛ければいい」というような消費者が増えるほど、“質の悪い犬”が量産される結果になってしまいます。
質が悪いっていう言い方もどうなの、と思いますが、ちゃんと言うと、

身体的に健康で
生まれ持った性格、気質もおおらかで安定し
関わる人は勿論、犬自身も、生きていくのに負担が少なくて済む
(ついでに、ただ健康なだけよりも、見た目が綺麗だったり立派だったりしたらもっと良い)

“良い犬”ってそういうことで、そういう質の良い犬を増やして行くのが本来ブリーダーの役目です。
生まれながらに身体的なハンデを抱えているような場合は勿論、ものすごく神経質な性格に生まれてしまったり、不安定なキャラに生まれてしまったりしたら、どうしたって犬自身がまず、生きていくのが大変になります。
同じ環境で、同じ人にうまく育ててもらったって、そもそもどっしりした性格の犬と繊細な性格の犬では、どうしても繊細なコの方がストレスに感じる事柄が多くなる。
生きていくのが大変になる。

その辺の“性格”は、トレーニングとかで変わるわけではありません。
そんなのまで後天的に変えられたらみんな同じになっちゃう、個性なんかなくなっちゃう。
ある意味、問題行動犬になるかどうかは、生まれた時点で半分決まる。
どんなに劣悪な環境下で飼われても、咬んだり暴れたりという行動で人間を困らせるようなことは全くしない、器の大きい犬も沢山沢山います。
(だからこそ飼い主が尚更問題に気付かず、犬に負担を押し付けてしまう悲しいパターン)
そんなのはもう、飼い方とかトレーニングとかの問題ではなく、その犬が“良いヤツ”だっただけ。
良いヤツだったために人間のエゴを全部引き受けて、向き合ってもらえず日々を過ごしていく犬も、沢山います。

逆にちょっと難しい性格、咬みつくような素質を持って生まれた犬の場合は、“咬み犬”になるかどうかは環境や接し方で左右されます。
生まれ持った気質で半分、もう半分は飼い方で決まる。

犬を繁殖する人は、その時点で生まれてくる子犬達の生涯を半分左右するという意識を持って、その責任の重さを自覚してやって頂きたい。
(ついでに言うと、こだわる方は、子犬達の行き先までよく吟味なさるから、半分以上の責任を果たしてくださってると思う)
性格は遺伝します、だからごく扱いの難しいような親犬は勿論、少しでも不安要素のある性格の犬は繁殖に使っちゃいけない。
そのためにかかる費用は遠慮なく生体価格に反映して頂いて構わない、私は。

ところが現状はDMの例に見てとれるように、身体的な遺伝病すらなかなか完全に防げません。
DMは遺伝病です。
検査をすれば、親犬となる個体が、DMの遺伝子を持っているかどうかわかります。
その遺伝子を持っている犬は、繁殖には使わない。
そうすれば、DMの子犬が産まれることはなくなります。

こう言うとすごく簡単ですね、なんでじゃあやらないの?という印象になるかも。
ところが実際は、コーギーでは、実に九割の個体がDMの因子を持っているそうです。
ちょっとこの九割という数字は個人的に結構衝撃で、一瞬言葉が出ませんでした。
何故そんな簡単なことをブリーダー達はちゃんとやらず、『生まれつき病気を持っている』という、生き物でなかったら明らかな“初期不良の製品”と見なされる犬を平気で世に出しているのか、と思う方が、いらっしゃるかも知れませんね。

そりゃあ世の中、そう簡単にはいかないのでね。
いろいろあるのも、わかってます。
DMだけを排除しようとすると、他の病気のリスクを高めることもあると、お聞きしたし。
そこに更に、「かつ、気質の安定した犬だけを」なんて言ったら、親犬になれる頭数が限られすぎて、血が濃くなり過ぎて、純血種を残していけなくなっちゃう。
ただでさえ純血種は、広い意味での近親交配と言われています。
シェパードなどのようにただでさえ頭数が少ない犬種では、本当にいい血筋だけを残していくのは、とてもとても難しいこと。

だけどまずやっぱり、そんな話じゃなくて、例えば「検査にお金がかかるからやらない」だけという姿勢のブリーダーもいますしね。
平気で「そりゃやっぱり利益が一番大事でしょ」と言う人が、いましてね。
そういう人はやっぱり、平気で、明らかにやっちゃいけない組み合わせで繁殖したりするわけです。
どう考えたって五体満足じゃない子犬が産まれてしまうでしょ!と、わかっていても、取り敢えず子犬が売れれば自分はそれでいいから、やる人がいるんですね。
生まれた子犬の生涯なんて知ったこっちゃないし、その子犬を買うことになる誰かのことも知ったこっちゃないし、自分のところにいる親犬達の幸せも知ったこっちゃない。っていうことですよね、お金が一番大事ってことは。
そういうレベルの話になると、そりゃあ、「ちゃんとやれよ!」と言いたくもなりますし、「そもそもそういう価値観のやつが動物に関わってんじゃねーよ!!」となりますし。

世の中にはね、素敵なブリーダーさんもいらっしゃるんですよ。
生計を立ててるのは子犬の売買じゃなくて小物の販売だから、うちで生まれた子犬は、売れても売れなくても構わない。
むしろ自分達が繁殖しているこの犬種にきちんと理解のある人、自分達が「このおうちなら」と思えた家族でないと売らない。
というような、個人的には「あぁ~理想のブリーダー像だな」と思えるようなブリーダーさんも、いらっしゃるんです。

そういうブリーダーさんが増えていったらいいなぁ。
母体の健康なんか知ったこっちゃない!で、年中犬が立ち上がるだけしか出来ないようなケージに親犬達を入れて、休み無しに妊娠させて、シニアに入って使えなくなったらどこかに捨てて、なんてことを平然とやるブリーダー、早く滅びないかなぁ。

こういう遺伝病の問題は、本当に、珍しくないもので。
皆さんも、プードルやチワワのような小型犬なら膝が悪いコが多いとか、大型犬は股関節とか、聞いたことありませんか?
ラブやゴールデンの『股関節形成不全』なんかは、遺伝するとわかっていながら、この犬種が流行った時にとにかく子犬の数を出すために、因子を持っている親犬を繁殖に使ったために、世の中の多くのレトリバーが因子持ちとなってしまった一例です。
先日テレビでは、珍しい毛色のダックスを出すために、やってはいけない毛色の親同士を掛け合わせて、生まれつき目や耳に障害を持って生まれてくる子犬の話をしていました。

ダックス以外を見ていても、本当に、“珍しい毛色”って危ないな~と思います!
『本来ないはずの色』というのはやっぱり、“不自然”で“無理”なんですね。
でも珍しい色ってやっぱり高く売れるから、そういうことするブリーダーが出てきちゃう。

最近だったら、プードルなんかは、マズルが短くて目がくりっとした方が可愛いから、本来のプードルの骨格じゃない子犬が人気で高く売れちゃう。
でもそういう、マズルの短いプードルって、もはやプードルじゃないです。中身が。
そもそもこんなに小型化した時点でプードルじゃないと言えばそれもそうだけど。
飼い主さん的に問題なく飼えてればそれでいいと思う方も多いかも知れないけれど、そういう繁殖を続けることでゆくゆくどうなっていってしまうかは、ほんとはみんなで考えないといけないと思う。

今の変なハーフ犬ブームについても思う。
チワックス流行ってるけど、腰のこと考えてんのか?と心配になる。
ただでさえダックス、腰壊すコ多いのに、そこにダックスより骨の細いチワワなんて混ぜてしまって。
ダップーもよく見るけど、ダックスとプードルの犬種的特性を考えたら、混ぜちゃダメだろ!としか思えない。
先日はポメとミニピンのMIXでご相談がありました。
どちらも神経質でよく吠える犬種なのに、どうしてかけたのか…と疑問です。

こういうのは本当は、売る側がちゃんと考えて、犬を買う皆さんにきちんと説明をすればいいんだけど、さっきから書いてるようにお金が一番という売り手がまだ沢山います。
だから、買い手の皆さんにも勉強してもらって、見た目の可愛さだけに惑わされないとか、値段には理由があるということも知ってもらい、悪質なブリーダーにお金が流れないルートから子犬を購入する方が、一人でも増えたらなと思うんです。
絶対にその方が、結果として、飼い主さん自身も犬と幸せに暮らしていけるもん。
ちゃんとしたブリーダーさんから買った犬は本当にちゃんとしてるから、育てるの楽だもん!(笑)

あーまた無駄に長くなってるから無理矢理やめよう。
まぁとにかくそんなわけで、ちょっとね、皆さんにも考えてみて頂きたいなと思うわけです。
ブリーディングの在り方。
そして、「考えてみても、一消費者の自分に出来ることなんて何もないし…」と思わずに、『お金の流れ方』について考えてみて頂ければなと。
そうやって世の中全体が変わっていかないと、逆に、絶対いつまでも変わらないから。



さて、違う話題です!
書こう書こうと思ってて書き損ねてきていたんですけど…
いろいろお世話になっている、『バランスドッグマッサージ』の美杉先生が、昨年末にご自宅でサロンをオープンされました。
それまではうちに来て頂いて、幸一やちゃちゃをケアしてもらっていたんですが、最近はこちらからお邪魔してます。
美杉先生のブログに載ってたちゃちゃのカオがツボだったので、是非皆さんも見てくださいw

幸&茶ブラザースPart2

冬は本当は週一くらいで徹底的にマッサージしてもらいたいね~。
やっぱり寒いとそれだけで調子が悪いし、散歩なんかもままならないので、犬達も楽しみがなくて…

新潟県では、お日様が出て地面が乾くというのは、冬場は本当に貴重な機会。
なのに先日、ちょっとそんなチャンスだった日に、ちゃちゃと遊んだら足を傷めてしまった幸一w
仕方がないのでカートに乗せて、幸一の好きな場所まで行って、そこでちょっとだけ自力で歩いて帰って来ました。
なんとも言えない後ろ姿…(笑)

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このカートは去年の三月に、幸一の11歳の誕生日プレゼントにと買ったものです。
何度か乗る練習はしてましたが、幸い今のところは、ほとんどお世話にならず、自力で歩いています。
こうしてたまに「今日は足痛い」というようなことがあったら使ってるくらいです。
もうすぐ12歳になるけれど、なるべく最後まで、このまま自分で歩けていたらいいな。
ちょっとやっぱり、シェパード大きいから、市販のカートはどれも小さくて…楽々寝そべれないんですよね~。
でもカートをこれ以上大きくすると、一般的な通路やドアを通れなくなるから、仕方ないんでしょうね。

早く春が来ないかな。
そしたら、こうちゃんが好きな、近所の芝生の公園でまたのんびりしたいね。
今は芝生じゃなくて雪原になってるからね(笑)



最後に、私信。

Tさん、いつもブログにコメントありがとうございます。
今回、何故だか、メールをお送りするんですがどうしても返ってきてしまいまして…
以前もこんなことあった気がするので、日を置いてまたチャレンジしてみます。
お返事が遅くなってすみません。
 

なんかまとまりのない雑談のような記事

前回の記事では一部の方に余計なご心配をおかけしてすみませんでした。
そうなるだろうと思いながら書いてはいたのですが(笑)
何年もの間に、いろんな出来事があって、書こうか、書くまいか…としまっていたテーマなので、別に今現在、私が病んでいるとか、そういうことはありませんです。
何だかんだと言ったってこの仕事は辞めませんし、ブログも、書くペースは気分次第ですが、続けていきますとも。
引き続きよろしくお願い致します。

ここのところ重い内容の記事が続いていましたもんね。
犬飼うの、楽しくなくなっちゃうような(笑)
それでも犬を飼っている、それが何よりの答えですが。

何だかんだと言っていたって、私も人間ですから。
機嫌の悪い日も、体調が優れない日もあります。
もとは短気で、犬を叩いたり蹴ったりって平気でできる方なので、今でも(特に幸一には甘えてしまって)カッとなって手が出たり、八つ当たりしてしまうこともあって。
そんなふうに、理不尽に怒鳴られても、叩かれても、まっすぐな目ですり寄ってくる犬を見ていると、いろんな考えがぐるぐるします。

世の中には、玄関で繋ぎ飼いされていて、フードも適当なもの食べていて、それでも毛づやもよく元気に長生きする犬もいたりします。
そんな例を見ると、「私が必死で留守番させるなとか室内フリーでとか口うるさく言う必要もないよな~」と思う事もありますし。
私に寄り添って、私の疲れやストレスをダイレクトに感じ取って、気を遣いまくっている幸一も、外に犬舎作ってそこに居させた方がストレスかからないんじゃないかな~とか。

確信を持っていることとしては、犬が望ましくない行動を取った時に、『一見ソフトなトレーニングを実践しているけど、飼い主が内心イライラしている』よりも、『パコーン!と一発犬の頭を叩いてお互い後腐れナシ』の方が、よっぽど犬の方も気持ちいい。と、間違いなく言えます。
私はよく「犬に考える時間をあげて」「犬が自主的に行動するのを待ってあげて」と言いますが、その『待ち時間』を、人間がイライラしながら過ごしてしまったら、犬は無駄なプレッシャーを感じて焦るだけで、その場に相応しい行動なんて考えていられなくなる。
表面上は、犬に優しい、犬の自主性や頭を使う能力を伸ばすトレーニングをしているように見えて、心理的には『強制訓練』になってしまう。
そんなんだったら、爽やかに「馬鹿たれ!」って一発叩いて、さっさと次の話題に行った方がよっぽどいい、っていう場合もある。

人の心理も犬の心理も、そう単純じゃないからね。
形さえ教科書通りにすればうまく行くほど、甘くない。

そう考えると結局、気持ちが大事。っていうところに行き着くんだな~と思うわけです。
いくらストレスマネジメント的に素晴らしい飼い方をしていたって、飼い主さん一家の気持ちが伴わなかったり、荒んでいたりしたら、犬は穏やかに生きられない。
薄っぺらいトレーニング方法を指導するトレーナーがいても、犬への真の愛情と、これで絶対このコは幸せになれる!という自信を持てていたら、『一見』かも知れなくても良い結果をもたらす。
ハーネスとロングリードで散歩してもらっても、飼い主さんが「はぁ…毎日二回も散歩って、いい手間だわ……こっちも疲れてるのに。早く帰って部屋で休みたい…も~、まだニオイ嗅ぐの?」って思ってるくらいだったら、普通のリードと首輪でとっとこ歩いて、「○○とのお散歩、楽しいね。ママの運動にもなっていいわ~♪」って思ってもらえる方が、犬自身もよっぽど楽しいはず。

私個人は、「散歩の時間くらい犬にしっかり付き合ってやる余裕がないなら、犬なんて飼っちゃダメですよ。」と思うけれど。
犬が、「え、別にこれでいいよ。ママのこと大好きだし。」って言うんだったら、何も言えないもんね。

そんなに『犬がどう思っているか』に拘るんだったら、ちまたで噂のアニマルコミュニケーションを勉強してみれば?と客観的には思うけれど…

※アニマルコミュニケーション(AC)

動物とテレパシーで会話する技術。
自分のペットとだったら、すぐに九割の人が会話できるようになるらしいですよ。


なんでだろうな、私の場合は、それをやろうとは思わないんだよなー。
多分どの犬ともテレパシーで会話できるようになっちゃったら、ドッグトレーナーなんて、尚更やってられなくなると思うんだ。
ただでさえ、「君の悩みの根本はドッグトレーナー物件じゃないね!」っていうケースが多いんだから…
それを直接犬から訴えられたら、犬のトレーニングなんて、尚更出来ないよ。

そもそも私の場合は“人間語を喋らないから”動物が好きなんだよね。


話は変わって、最近の幸茶。

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月に一度くらい、バランスドッグマッサージの先生に、全身のケアをしに来て頂いてます。
いくつかテクニックも教わったけど、やっぱり先生の方が上手だから、こうして気持ちよさそうに撃沈。

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撃沈しすぎてマットからずり落ちる。

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幸一は、後ろ足に顕著に老いが見て取れるのですが、ストレッチを教えてもらってから歩き方が良くなりました。
また、半年以上、月に一~二回のペースでひどい下痢をしていたのですが、お腹のマッサージをするようになって下痢がなくなりました。
これには獣医さんもたまげてらっしゃいました。
「どういうマッサージするの?」って食いつかれた(笑)

あと、期待していたちゃちゃの雷対策。
まだ、劇的に効いてる!ってとこまで行ってませんが、効果出てると思う。

マッサージのために日々じっくり愛犬の身体に触るようになって、冬というストレスの大きさを痛感しました。
冬は本っ当に、身体が硬かった!!
筋肉も、関節も。
寒さで常に全身が強張っている。

こんなに四六時中、体中を緊張させていては、ストレスマネジメントなんかうまく行くわけがない。と思いました。
ストレスマネジメントの極意は、身も心もリラックスして弛めること。
弛むから、穏やかに落ち着いて過ごせる。
反射的に声が出たり、飛び上がったりという過剰な反応を落とすことが出来る。
身体が緊張していれば、ちょっとした刺激に過剰反応しやすくなる。
お化け屋敷やホラー映画による緊張状態が良い例です。
普段気にもとめない物音なんかに、ぎゃ!!となるでしょ?

常々、冬になると、「普段と変わらない生活をさせているのに、ストレス行動が増える」というお声を、多くの飼い主さんから頂いてきました。
どうしても散歩の質が落ちるし、寒さで常にストレス感じてる状態だから…と言ってはきましたが、幸一の身体を触っていて、改めて「こんなにも影響を受けるものか」と感じました。
少し運動させて、身体を温めてからストレッチすると、可動域が全然違うし。
春になってからは、本当に調子が良いです。

年齢と共に、寝顔、寝姿も段々弛んでるけど…

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私は、幸一が大切です。
幸一を大事にしたいです。
だけど幸一のことはなかなか大事に出来ません。
幸一のことを大事に出来ている、と、なかなか私が思えません。

AC、やってみようとは思わないって、さっきは書いたけど。
幸一とだけは、大事なことは話せたらいいのにな、ってたびたび思います。

何でだろうな、幸一との、この関係性は。
お互いに、大事すぎて、思いすぎて、重い。
遠慮とか過剰な気遣いがいつもある。
時々苦しい。
ちゃちゃとの間にはない感覚。

ちゃちゃとは、本音をおおよそ言い合えていると思う。
少なくとも私の方は、ちゃちゃと付き合うのは、楽。
とても良い意味で、楽。
ちゃちゃの方が幸一より大事じゃないから、っていうことじゃない。
ちゃちゃは本当に可愛くて、唸ってる顔さえ愛しい(笑)
幸一かちゃちゃ、どちらかしか助けられないとしたら?って言われても、選べません!

どちらも大切で、可愛いのは、間違いない。
だけど幸一との関係は、湿っぽくて、時々苦しい。
そして、多分、失う時が来たら、より立ち直れないのは幸一なんだろうな。

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後にも先にも『前足が巻き付いている』なんていう不思議な寝方をしていたのはこの時だけでした。

皆さんは、自分の愛犬、“ちゃんと”飼えていますか?
 

犬は嘘をつくし演技もする

今までだけでも、沢山の犬と飼い主さんとの出会いがありました。
お客さんだったり、仕事仲間としてだったり、友人知人だったり。
とても波長が合って深い仲になった人も、知人の一線を越えない人も、もう二度と会わないだろうという人もいます。

多くの出会いを経ていく中で、「もうドッグトレーナーなんてやめてしまおうかな」と思う時も多々あります。

あっ、厳密に言うと、私は自分を“ドッグトレーナー”だと思っていないんですが、しっくり来るオリジナルの肩書きを考えても、世間に通用しないので、トレーナーと名乗るか仕方がない。という感じです。
だから「トレーナーやめたい」という言い方もちょっと違って、正確には「やっぱり私には“トレーナー”はできねぇんだな」と思う、っていう言い方が相応しいかな。

以前も少し書いたことがありますが…

私は、特に問題行動を抱えた犬の改善において、基本的に『ドッグトレーニング』には懐疑的です。
犬が問題行動を起こすと、人はやっぱりストレートにはドッグトレーニング・訓練を考えますが、果たして世の中に『犬をトレーニングすること』の前に必要な、『飼い主一家や飼育環境を含めた正確なカウンセリング』を出来るドッグトレーナーが、何人居るんだろう、と思っています。
いや、多分、何人もいるんだろうけれど、圧倒的に“正確には”カウンセリング出来ていないトレーナーの方が多いと思います。
そして、カウンセリングをないがしろにして、トレーニングの方にウェイトを置きすぎる結果になる。
それが結局、『犬に人間の都合を押し付けるトレーニング』につながりやすいと思う。

ちなみに、偉そうに書いていて、土田は正確無比なカウンセリングできるのかよ?と言われたら、自信を持ってお答えします。
できません。
こんなこと書くのもどうなんだよwと思いますが、今このテーマを書くことが私にとって必要だから、言葉にして残します。

私はまず、犬がわかりやすい行動に出してくれないと、犬が何を考えているか正確にはわかりません。
次に、犬を取り巻く環境について、「夫婦仲が悪くて離婚寸前だ」とか、「飼い主さんが精神的な病気を抱えている」とか、ごくわかりやすい点しか、犬に悪影響を及ぼしているとわかりません。

だから例えば、

飼い主さん夫婦に赤ちゃんが産まれました。
犬が吠えたり、時には咬んだりするようになりました。


だったら、

「淋しいんだね、拗ねてるんだよね」

とわかるけど。

赤ちゃんが産まれました。
犬の態度はあまり変わらず、むしろ、ひとりで寝ている時間がちょっと増えたかな。


というパターンだったりすると、

「状況を理解して、パパやママに配慮してくれている」

なのか、

「淋しくて淋しくて淋しくて仕方ないんだけれど、普段から飼い主さんへの遠慮が大きいキャラで、自己表現も下手で、淋しいという感情の処理も表現の仕方もわからなくて、現実逃避でふて寝している」

なのか、はっきりわかりません。

「この状況で、淋しくないなんてことはないんだろうなぁ」くらいの察しはついても、断定してあげる事は出来ない。
まして、「淋しいだろうからと思って手が空いた時に構ってやっても、離れていったり、うっとうしがるように咬んだりする」となると、じゃあ放っておいてほしいってことなの?と、尚更判断が難しくなってしまいます。
その咬みつきすらも、いじけたことから来ていても。
(逆に、いじけてるんだよね!と決めつけて、それが本当に「ベタベタされたくない」だった場合、無理に構って余計にストレスをかけることになるし。)

だけど“本当のカウンセリング”ってこんなもんじゃありません。
私が普段書いているような、留守番が長いことによるストレスとか、散歩に行けていなくて欲求不満とか、そんな表面的でわかりやすいもんじゃないんです。
あっ、軽視されると困るのでフォローはしておきますけど、勿論、大事なことは大事なんですよ!間違いなく。
私が普段書いている内容は、絶対に大切だということに、変わりはないんですけれども。

すんごいカウンセリングが出来る人は、犬が今現在特に行動には出していない心理だったり、「数年後こうなる」ということまで読めたりします。
犬と直接関係なさそうな要素まで言い当てたりもします。
超能力者か何かですか?と言いたくなります。
ちなみに一部の考え方では、こういう「行動にも出していない心理」なんて、「どうやってそれが確かだと証明するの?」という具合で否定的ですが、私の場合は、超簡単に言うと、「行動だけ見てて正確に解釈できるほど生き物の感情はシンプルじゃない」と思ってます。

まあそんなわけで、すごいんです。
本物のカウンセリングは、すごいんです。
そのレベルのカウンセリングは私にはまだ出来ません。
時には察しがついても飼い主さんに言わない・言えない場合もあるけれど(笑)
基本的にはできません。

私には、犬が身体を張って訴えてくることくらいしか、今はわかってあげられません。
“一見イイコ”を正確に理解してあげる事が、まだ出来ないんです。
だからいつも、「もし、私がカウンセリングやトレーニング方法を間違って、この犬を“一見イイコ”にしてしまったら…」と不安です。
一見イイコにしてしまったら、犬がせっかく訴えてくれていた声すら封じてしまって、人にとって都合のいい結果をもたらし、犬は絶望の中で諦めて生き続けるか…もしくは違うところに歪みが出てくるか、後々抱えたものが爆発するか…そういうことになってしまう。
それが一番恐い。

実際は、世の中に流通しているドッグトレーニングの“テクニック”“やり方”だけに目を向けると、圧倒的に“一見イイコ”になるだけのものが多くて。
その“テクニック”を通して、犬ときちんと心理戦を行い、犬の心持ちが根本から変わっていけばいいのですが…
飼い主さんが、やり方だけを聞きかじり、見よう見まねでやってみたりとか。
解釈を間違えたトレーナーや犬関係者から、間違えた解釈でテクニックだけが広まっていったりとか。
それで犬がもっと悪くなったり、本当の“イイコ”にはならなかったり…
そんな事は珍しくありません。

まして“一見イイコ”はもう、暮らしていくのに問題はないから、正確に理解しようと努力してもらえる機会も巡ってこない。
むしろ「イイコだね」「幸せだよね」と勘違いされて、ひとりモヤモヤを抱え続ける。

私は、一見何の問題もなく、むしろ優等生で、人を困らせるようなとこもなく、本当にイイコに振る舞いながら、実は心の中で凄まじい苦しみを抱え続けていた犬を少なくとも二頭、目の当たりにしました。

一頭は、私の愛犬、幸一。
彼は本当に優等生です。
どこへ出しても恥ずかしくない、自慢の我が子です。
問題行動なんて何一つ持っていませんでした。
引っ張るとか飛びつくなんてことは一切なく、子供がリードを持っても気遣い上手。
家の中ではいつもソファやベッドで寝て過ごし、大きな身体が人の邪魔になることもありません。
イイコのお手本みたいなシェパード。

だけど彼は、ずっと苦しんでいました。
「僕はイイコなんかじゃないのに」と思いながら、優等生を演じ続けていました。
お母さんに嫌われたくない。
お母さんの期待を裏切るのが恐い。
お母さんの望む自慢の息子であれるように。
そういう自分で居ることで、幸一自身も張り合いを感じられれば良かったのですが、プレッシャーの方が圧倒的に大きかった。
ずーっと、ずーっと、幸一は、誰からも理解されずひとりで藻掻いていました。

もう一頭は、先日晴れて里親さんが決まった、レオ。
あの、どう見ても楽天的で、頭の上にお花が10本くらい咲いていそうなレオ。
今なら書けますが、実は彼も、深い深い心の闇を抱えていました。

レオも、特に問題行動というものはありませんでした。
我が家に来てからどんどん落ち着いていき、幸一と同じように、家の中ではほとんど寝て過ごしていました。
散歩の突っ走り癖などもほとんどなくなり、上手に歩いていた。
咬むとか、吠えてうるさいということも、特にない。
すごく細かく言うと当然、欠点や苦手はありましたが、やはり人を困らせるとか本人が可哀想なレベルのものではありませんでした。

だけどあのコは凄まじい孤独と不安と恐怖の中にいました。
それで狂って、行動に出してくれれば、私でもすぐに気付いたかも知れないけれど。
あのコはただ、絶望して、ひとりでふて寝している状態でした。
そうです、人間から見たらそれは、『ストレスレベルが下がって落ち着きが出てきた』時と同じ様子だったのです。
どんどん問題がなくなっていっているようだった。
(いや、勿論、その要素も本当にあったはずですけど。)
だけどレオの中ではなんにも幸せじゃなかった。なんにも。

だから私には、レッスンを通して「イイコになったように見える」犬に対して、「幸せになってくれて、良かった!」なんて、言えなくなりました。
せめてもの訴えを握りつぶされて絶望してるだけなんじゃねーかという疑いの気持ちがいつも拭えません。
それに、飼い主さんや人から「イイコなんです」「本当に大人しいんです」と評価される犬を見ても、幸一と同じなんじゃねーかと思ってしまいます。
「無理していない?抱えてるものはないの?心から幸せで、イイコしてる自分に納得できてる?」って。

だからかな、ちゃちゃみたいにちょっと生意気で文句もぶーぶー言ってきて、時にはちょっと人間に手を焼かせるくらいの犬を見ている方が、安心する。

自分がレッスンした卒業犬に対して、「幸せそうになれて、嬉しい!」って言えているトレーナーさんを見ると、いいな。って思います。
私が、自分がレッスンした犬達に、手放しでそう言えるようになる日は、いつだろうなって。
同時に、「ほんとに?」とも思います。
あなたと飼い主さんの勘違いかもよ。って。
(本物のカウンセリングができている、と感じる、すんげぇトレーナーさんに関しては、勿論別です。)

自分のレッスンなら犬を幸せにしてあげられる。
そう信じられるトレーナーさんに問題犬と飼い主さんは任せて、私は、今の私が信じられることを探した方がいいんじゃないかな。
最近はそう思っているので、あることを始めてみるつもりです。
ちゃちゃとちょっとずつ、楽しんでやり始めているところです。
かと言って、あまりにも間違った飼い方をされたりして、どう見ても幸せじゃない犬を少しでも救ってあげる、ということも、やめたいわけではないので、仕事は今まで通りに続けていきますが…

極端な話ね。
飼い主に捨てられた犬って、それでも、飼い主と再会すると“喜ぶ仕草”をするんです。
自力で家に戻る能力を充分活かせる犬なら、戻るでしょ。
自分を捨てた飼い主の元へ。

でもそれって、本当に喜んでるんでしょうか。
本当に望んで帰ってるんでしょうか。
これだけ高度な認識力や、複雑な感情を持つ生き物が。
自分を捨てるような飼い主のところへ、戻りたいもんでしょうか。

きっと、「他に行くところなんてない」ということすらもわかっていて、必死で媚びを売ってるんだろうな。
って思ってしまう。

飼い主に尻尾を振って飛びついているからって、「飼い主が好きで、喜んでいる」って、信じていいものか。
飼い主にくっついて寝るからって、本当に飼い主のことが好きだと思っていいものか。
人の温もりに餓えすぎて、でも、他に選択肢がないから仕方なくその人にくっついてるのかも知れないじゃん。
そう思うようになってしまいました。
だって幸一やレオのように、『充分満たされていて、よくしつけられた犬の行動パターン』を取っていながら、満たされてなんかいませんでした。っていう犬もいるんだから。
この目に見える犬の行動だけを見ていて、イイコだとか、幸せそうなんてレッテル、勝手に貼れないよ。

頑張って明るく振る舞っている。
幸せなフリをしている。
必死で飼い主が望む行動を取っている。
もしくは、全てを諦めた。

だけかも知れない。

犬はそこまでする。
犬という生き物はそこまで出来る。

だからドッグトレーニングを通して“イイコになった”犬を見て、「良かったね」って言えない。
言えなくなるほど、犬って生き物の奥深さを肌で知ってしまった。
それは本当にありがたく、今後私のすごい強みにしていけるはずのものだと思う。
教えてくれる犬達に、感謝。
知らなかったら私は、人間にとって便利で都合の良いドッグトレーニングを、ヘラヘラといろんな飼い主さんに指導し続けていたに違いない。

自分がトレーニングした犬に対して、自信を持って「良かったね、今、幸せでしょ?」って言える日が来るように、勉強していく。
ちょっといろいろ、大きく物事が動きそうな予感がしています。
良い方向へ行くといいな。

あと、ちゃちゃ、悪いけどこれからよろしく頼む。
シーズーなのにこんなこと頼んですまんw
条件が揃ったらその件も、お前に頼まなくて済むように、後釜を迎えることも考える。
取り敢えず、お前自身も楽しんでくれるように気をつけて、一緒に頑張ろう。
 

レオ、正式譲渡になりました

四月上旬から里親候補様のお宅でトライアルに入っていた、保護犬のレオ。
トライアルは一ヶ月ほどの予定でしたが、こちらの都合でちょっと確認に行くのが遅くなり、五月最後の土曜日に、会いに行って来ました。
そして、正式に、里親様へ引き渡しとさせていただいてきました。

犬としてどうよ

三年以上我が家で過ごしたレオ、沢山の方から愛され、お気遣いを頂いてきましたが、ようやく腰を据えることができるおうちが見つかりました。
レオを可愛がってくださった皆様、良い行き先が見つかるよう祈ってくださっていた皆様、本当にありがとうございました。
しょうちゃんママさん、あれはバッチリ持たせました。ありがとうございました。
あとはもう、お空に帰るその日まで、三年以上も待った甲斐があったと思える濃密な日々を過ごし続けてほしいと思います。

本当はもう呼び名も変わっているのですが、このブログを読んでくださる皆様にはレオのままの方が通じやすいと思いますので、今日の記事はレオで書きます。
当初はいくつかの理由で、レオという呼び名はそのままにして頂こうと思っていたのですが、なんだかんだあって、もう辛かった過去のしがらみなんて全部吹っ切ってしまえ!『レオ』だった時の厄は何もかも捨てていけ!!という意味を込めて、里親様に名前を変えて頂いたので、私が未だにレオと書いてると意味がない気もしますが(笑)

今日は、レオに関してと言うよりも、レオの保護活動を通して感じた『犬を飼うことについて』の持論を、いつも通りつらつら書きたいと思います。

犬を飼うってことは、結婚みたいだな。と、常々思います。
結婚と違うのは、双方の意思ではなく、犬側に選択の自由がないということくらいでしょうか。
だから、昔の日本の結婚制度に似ているのかな?
自分の好きな人と結ばれるのではなく、お家のためとか、親の都合で、結婚相手を決められる。
特に女性側に選択の自由はない。
結婚させられた相手に、否応なしに忠誠を誓い、長く苦楽をともにする中で情が湧いていく。
時代劇なんか見ていると、最終的に情が湧いてますが、きっと実際はそんな綺麗に行かない夫婦だって多かったでしょうね。

当人達の意思で結婚相手を選べるようになった現代だって、綺麗なばっかりでは、当然ありません。
むしろ紆余曲折ありながらも本当の絆でつながっている夫婦の方が圧倒的に少ないと思う。

『生まれ変わっても今の相手と結婚したいですか?』

という質問に、YESと答える夫婦の数、皆さんどのくらいだと思いますか?
これはいろんなアンケートデータがあるだろうから一律ではないだろうし、今回話題にする統計は私も人から聞いただけだし、話してくれた人も「だったかな」程度の記憶だったので、すっごく曖昧なんですけど。
その人曰く、

26万分の1

だそうです。
ちなみに『26万組に1人』ではなくて、『26万組に1組』だったと思います。
つまり夫婦二人共が「来世もこの人と結婚したい」と答えた、相思相愛カップル、という意味ですね。
どちらか一方がYESと答えた夫婦を含めると、もっと多いかと思います。
こういうアンケートは、新婚ほやほやの夫婦に聞いたのか、熟年夫婦に聞いたのか、裕福な層に聞いたのか、低所得者層に聞いたのか、子供は居るのかいないのか…などでも大きく差が出るものと思いますので、まぁ本当に、雑談のノリで聞いてはいたのですが。

でもね、実際、そんなもんだと思うんですよ私。
妥協とか忍耐で成り立っているんじゃない、本当の運命の出会い、魂が響く者同士の結婚って、そう多いもんじゃないと思うんです。
現実世界は、お金とか出産適齢期とか世間体とか、いろ~んなしがらみがあるから、「条件的に悪くない人」とか「これが幸せなんだ(って自分に言い聞かせて生きている)」とか、そういうケースの方が当たり前に多くって。
だから魂が「次もこの人と一緒がいい。“この人でいい”じゃなくて、“この人がいい”」って思える者同士が寄り添える確率って、それくらい低いと思う。

犬との出会いも、そうだと思うんです。

勿論、出会って、少しでも関わった以上、それを「無駄だった」とか「間違いだった」と言う気はありません。
どんな悲惨な出来事があっても、「あの時あの人と出会いさえしなければ」と思うような事があっても、その経験を無駄にしない事は出来る。
「きっと自分に対するこういうメッセージを与えに来てくれたに違いない」という解釈をして、学びをその後の人生に生かせば、辛い過去も「自分の人生にとって必要な出来事だった」と意味を持たせることは出来る。
その辺は自分次第です。

私はレオと関わった事で、嫌な思いもいっぱいしたし、面倒くさい目にも沢山遭いました。
正直、「なんで私はこんなしなくてもいい苦労を背負い込んでしまったんだろう」とたびたび思いました。
今だから書くけど。
こんな事に時間を割くくらいならもっとやりたい事がある、とも思ったし。
残り少ない幸一の人生を無駄にしている、ちゃちゃにもいっぱいしなくていい我慢をさせているって思ったし。
どうしてレオはさっさと幸せになれないんだ、このコが長年こんな目に遭わなきゃいけない理由は何なんだ?と疑問でした。

でもその日々を、「レオなんか保護しなきゃ良かった」というだけの、ネガティブな過去にしてしまうか。
「あの時レオと出会ったおかげでこういう学びが出来て、今、それが生きた。あの出来事があって良かった。」と、何年か後にでも、プラスにつなげるか。
私自身に関しては、私が後からいくらでも決められるんですね。

そういう意味では全てが運命の出会いなんですけど、まあ、それとちょっと違う意味でね。
26万分の1、あり得る数字だと思いますし、犬と飼い主という出会いもそんなもんだと思います。
私自身もまだ、26万分の1の出会いは、してないかも知れないもんね、どの犬とも。
間違いなくカールも幸一もちゃちゃも、私の可愛い息子で、みんなそれぞれが大きな学びをもたらしてくれたメッセンジャーだけど。
そう言ったら出会うお客さんの犬もみんなそれぞれ学びをくれて、メッセンジャーだから、やっぱり『魂が呼び合う相手』とまで言うとちょっと違うんだよね。

でも、そう考えると、幸一やちゃちゃにとって、私が26万分の1の相手ではなかった場合にね。
なんて可哀想なんだ、と思うんです。
私にはまだまだ、これからが待っているし、人間同士なら決別もやり直しも出来るけれど。
犬にはそれがない。

どんなに辛い飼育環境でも、どんなに飼い主さんと相性が悪くても。
犬には何も選べない。
「どうしてもこの人のことが好きになれない。」と、言うことすら出来ない。

だから理解されることもない。
それで問題行動を起こしても駄目犬のレッテルを貼られ、時にはドッグトレーナーなる者が現れ、

「お前はこの飼い主さんの望む“イイコ”になって、この人と暮らし続けなさい」

と求められる。

……………。

最近、『終生飼養』は果たして絶対的な正義なのか?と疑問に思っています。
飼ったからには、責任を持って最後まで。
これって動物を飼う上での当然の心構えだと思っていたし、今でも勿論、犬や猫を物扱いして気軽に捨てたり買い換えたり、なんて、言語道断だと思っています。

だけど、結局、時と場合によると思うんですよね、この考えも。
この価値観に縛られすぎて、拘りすぎて、飼いきれていない犬を幸せに出来ないまま飼い殺しにし、犬も飼い主さんも苦しい。という事例が、意外と沢山あって。

飼ってみてからわかることも、本当に多いものです。
そうならないよう、事前によく考えるのは絶対に必要だし、よく勉強してから手を出さないといけないんだけど。
実際、売りたいだけの業者が、嘘ついてまで簡単に飼えると犬猫を売ってしまう現状で。
飼い主さん一人一人が、飼う前に、きちんとしたことを教えてもらえるようなシステムが、全然整っていなくて。
で、飼ってから問題が起きて、トレーナー呼んで、

「留守番長すぎ」
「散歩は二回」
「外飼いはダメ、室内に入れて」
「この犬種はもっと頭を使わせるための時間を確保してあげないと満足できない」
「頭数が多すぎ」
「一般家庭犬の生活で満足できるような犬種じゃない」

と言われて、後から知っても、どうにも出来ない…
そんな時間はない、室内なんて想定してなかったから場所がない、散歩くらいしか考えていなかったからトレーニング時間なんて…
というケースが沢山、沢山あって、でも当然それが出来なかったら(=飼い主が変わらなかったら)、犬が変わるわけはなくて。幸せになれるわけもなくて。

真面目な飼い主さんほど、思い悩みますよ。
真面目な方ほど、「飼ったからには最後まで、責任持って」の思いも強いから、出来る範囲でどうにか頑張る。
無理をして頑張る。
でもそれでは犬には足りない。
どう頑張っても、無理なものは無理。
お互い辛い。

犬を飼う楽しさ
人と暮らす幸せ

そんなのが一切感じられない。
お互いに、辛いだけ。
辛いお互いを見て、尚更辛い。

そんな状態で何年も堪え忍び続けるくらいだったら、「最後まで飼い抜く」んじゃなくて、「犬が幸せになれる引き取り手を見つけてやる」方が、私はよほど飼い主としての責任を果たしていると言えると思うんですよね、最近。

だって、それも辛いことだよ。
愛犬とのお別れ。
自責の念にも苛まれる。
それでも、この子のためにって、身を切る思いで。
立派だと思う、本当に本当に犬のためを考え抜いた末に、それが決断できる方は。
手放したくない、どうにか飼えてるし!という感情で、その痛みから逃げる人より、ずっとずっと立派だと思う。

そういう別れなら犬もわかってくれるよ。
恨んだりなんかしないよ。
むしろ、感謝してくれるよ。

そのまま飼い殺し状態にされるより、幸せな日々が手に入るんだもん。

相性っていう問題も、ほんとに深刻で。
飼い主さんと犬の性格の、相性が合わないとか。
多頭飼育で、犬同士の相性が合わないとか。
あるいは、そのお宅の環境や、ライフスタイルと、犬の相性が合わないとか。
純粋に相性の問題だと、もう、そんなの、トレーニングとかなんとかの問題じゃないんですよね。

皆さん、生理的に駄目な人とかいませんか?
大した理由があるわけじゃないんだけど、どうしてもあの人とは馬が合わない…とか。
犬だって当然そういうのはあって、もしも、その対象が飼い主さんだった場合、どうでしょうか?

あるいは、「家でひとりで静かに過ごすのが好き、お出かけは疲れちゃう。」というタイプの人もいれば、「毎日でもお出かけ平気、連日友達が遊びに来るのも大歓迎!むしろ一日何もしないとか、退屈死する!」というタイプの人もいると思います。
前者のタイプの犬が、後者のタイプのお宅に飼われたら、どうでしょうか。

私もある意味特殊な環境下にいます。
仕事柄、不特定多数の犬が家に出入りする。
もしそういうのに耐えられないタイプの犬が、うちのコになったら、ただただ可哀想なだけです。
そりゃあある程度、慣らすとか、トレーニングの問題もあります。
そういう、交流が苦手な犬だからと言って箱入りにするわけにはいかなくて、ある程度適切に社会化させる必要はむしろあります。
でももうとにかく生来の性格が「犬との交流を好まない」という犬だったら、限界があるんですよね。
トレーニングで性格が変わるわけではないから。
「平気でできる」というくらいまでにはしてあげられても、「好き」にはなかなか、出来ないから。

そうするとね、そういう犬のために、私がどうするべきかって言ったら、他の犬が遊びに来ることなんてない平和な一般家庭に引き渡してあげるべきなんですよ。
犬のためを思うなら。
あるいは、不特定多数の犬が我が家に出入りしなければならないような、今の仕事を変えるとか、仕事の仕方を改めるとか、何かしらしてあげないと。
「出来るくせにやらない」犬ではなく、「出来ない」犬に、無理にやらせても、可哀想なだけ。
それをわかっていて一方的に私のライフスタイルに合わせ続けさせるのは、エゴだと思うんです。

人間同士は、離婚して、互いによりよい人生を歩んでいくことが出来る。
離婚が悪い事みたいに見られる風潮は、もっとなくなっていっていいと思う。
これが幸せなんだって自分を騙して生きるよりずっとカッコイイよ。

犬や猫に関しても、「犬のため、猫のためを考えると」っていうのが大前提だけど、もうちょっと終生飼養の考えが弛んで、より良い人生をつかみ直せる動物が増えたらいいなぁと、思ったりします。
保護団体などは、捨てられた動物でなく、そういう『飼い主さんの愛情溢れる決断のおかげで、人生再スタート』の動物のために、あれるようになったらな。

まぁでも実際は、軽いノリで結婚と離婚を繰り返す人も居るように、気軽に飼ったり捨てたりする人もゼロにはならないだろうから。
私の中だけの想いです。

あともう一つ、強く思うこと。

ペットショップから買われていく犬猫も。
保護団体から引き取られていく犬猫も。
あんまり変わらないな。

っていうふうに、強く感じます。

本当の幸せをつかむ動物は、どちらにしろ、ごく一部だと感じてます。
以前は、

ショップから気軽に買う人より、保護犬を検討してくれる人達の方が犬に対する意識が高く、そういう人に飼われる保護犬達の方がより幸福度が高いに違いない。
子犬や子猫を商品としか見ていないショップから、売り上げ最優先で売られていく犬猫より、保護団体を経由する犬猫の方が、きちんと知識と良識のあるスタッフによって里親との相性なんかも考慮してもらえて、より上質な幸せを掴むに違いない。

と、思っていました。
保護団体を経由しなければならないような目に遭うのは、決して良い事ではないけれど、その分の幸せが必ずその先に待っていると。

でも、案外、そうでもないと思わせられる事が、実際は多かったです。
少なくとも、私は。

こんな事言うと本当に、日々沢山の犬猫を保護し、彼らの未来を拓いている人達に失礼極まりないし、怒られると思うし、大きな誤解も招くかも知れませんが。
ちゃんと、私の言いたい真意が伝わるかな。
書いてみます。

私はレオの件を通して、こういう保護活動は、“ベスト”でなく“ベター”でやらないと回らないということを痛感しました。
ベストに拘っていると、現実、動物がはけないんです。
ベターで妥協しなければならないほど、多くの動物が、次々に保護されてしまうんですね。

だから、

毎日二回、その犬に必要なだけの散歩に行ける。
留守番は六時間以内。
室内フリーで。

という、『犬を飼うための最低限の条件』(として認定されてほしい条件)を、完璧に満たしているお宅を選び抜こうとするだけでも、大変で。
それに拘るだけでもなかなか、次から次へ保護される動物を回せないのに。

この犬はひどく愛情に飢えているから、小さいお子さんや他の動物がいない家庭でたっぷり可愛がってもらえないと、精神的に安定できない。

とか、

不安の感情が強すぎてとても留守番はまだ出来ないので、絶対に常に誰か一人家にいられるような家庭でないとリハビリも始められない。

とか、

とても神経質な犬なので、来客などがなく、周辺環境は騒がしくなく自然がいっぱい、家族はみんな犬を脅かさないおっとりした動きが出来る、物静かな人達、という条件でないと無理。

とか、

一見とても大人しくイイコで、誰でも扱えそうな犬だけど、実は辛い過去から「もう捨てられたくない」と必死で人に媚びている状態だから、その感情に縛られなくて済むようになるためにはむしろ、犬の心理を深く深く理解できる専門家レベルの人に飼われるべき。

とか、

もう人間に対して何の期待もしていない状態の犬だから、普通の家庭で飼われても心を開かせるのは相当難しい、それが出来ずに飼い続けてもこの犬は「死なない」だけで「生きていても別に何も楽しくない」ままで年数を過ごしてしまう。

とかとかとか…

本当はそうやって、みんなそれぞれニーズが違うんだけど、とてもそれに拘ってやれない現状なわけですよ。
一頭一頭が本当に必要としていることを、妥協せずちゃんと“100%の幸せ”を掴めるように…“ベスト”の生活を掴めるようにしてやろうとすると。
レオみたいに、たった一頭に対して三年でも五年でも経っちゃうし、そんなペースでは、とても今現在この世に溢れる「助けを待っている動物たち」を救いきれない。
ほとんど手が回らなくなってしまう。

だから保護活動は現状、極論、

殺処分や安楽死よりマシ
今までの虐待生活よりマシ

というくらいの感覚で、“ベター”で里親を決めていかないと、出来ないんだと思います。

それに『一番大事なこと』は、人によって、団体によって違います。

とにかく逃がさないことが大切だから、最もすっぽ抜けにくい、付け方が複雑なハーネスを使うのか。
ハーネスを装着することがその犬にとってものすごく過酷なことだから、まずは犬に負担をかけないよう、脱着の容易なハーネスから慣らしてあげる、というのを大切にするのか。

一日も早く、飼い主が決まることが一番大事なのか。
仮生活でも、犬のこと詳しい一時預かりの家庭で、一つでもその犬が抱える課題をクリアして、穏やかに暮らせるようになってから里親探しに本腰を入れるのか。

一頭でも多く救うことが大切なのか。
数は限られるけど、保護した動物の幸せの質に拘るのが大事なのか。

“正義”は人それぞれです。
どれが一番正しいとは、誰にも決められません。
自分の世界で、自分の正義を貫くしか出来ません。

そう考えると、ショップも保護団体も、本質的には変わらないと思ったのです。

売り上げが一番大切なのか。
うちの子犬が幸せになれるって事が一番大事なのか。

買われた先では、一般家庭犬として、のびのび暮らしてもらう事が一番なのか。
血統の良い子犬なんだから、体型にも骨格にも毛づやにもこだわってケアしてくれる飼い主でないと売らない、なのか。

ショップにも質とか格があって、高くてもいい子犬(健康で顔立ちや体型も良く、気質も安定している子犬)ばかりを仕入れて、売る相手も選んでいるというお店もあれば、とにかく何でもいいから安くて生い立ちもわからないような子犬を仕入れるお店もあります。
保護団体も同じで、厳しい基準で里親を選別する団体もあれば、「死なせるよりマシ」程度しか考えていないような保護の仕方をして、引き取り手も選ばなければ、動物のキャラクターもきちんと説明せず引き渡す、里親は引き取ってみてから「こんな問題行動を持っているなんて聞いてない!」となる…っていう団体もある。

何に拘って『商売』しているか『保護』しているか、どの点で厳しく『飼い主』あるいは『里親』を選ぶのか。
ショップであろうと、保護活動者であろうと、そう考えると同じ。
そこへ行く客も、里親候補の人達も、同じ。
結局その時そこに居る人、一人一人の心です。

いろいろ考えさせられることがあって、私個人の中で至った結論。

私は“ベター”で保護活動をする事が出来ない、と思いました。
だけど“ベスト”を掴むのがものすごく大変でした(だって本当の意味のベストは26万分の1だから)。
結局、レオの“ベスト”に拘っている間、幸一とちゃちゃの“我が家でのベスト”を守ってあげられませんでした。
結局三頭とも、“100点満点”の生活にならなかった。
レオの人生を“ベター”で妥協すれば、幸一とちゃちゃのQOLは守れたか、QOLが落ちる期間をもっと短くできたでしょう。
だけどだけど、私には、“ベター”で妥協することはできませんでした。
どうしても出来ませんでした。

“ベター”で妥協するくらいなら、もう保護活動はしない。
と思いました。

少なくとも幸一が生きている間は、もう、保護活動はしません。

私はいつか、自分自身が、行き場のない犬を引き取って幸せにしてあげる、ということもやりたいと思っていました。
でも、なんだかんだあって今は、その自信がありません。
次に犬を新たに飼う機会がきたら、良いブリーダーさんから、普通に子犬を買うと思います。
私の人生の中でいつか、「今の私にならできる」と思える時が来たら、保護犬の里親になるかも知れません。
だけど当分その時は来ないな、と、少なくとも今は思います。

長くなりましたが、だからつまり、一言で言うと。
おめー目一杯幸せになれよ、じゃねーと私も犠牲になった幸茶も報われねーんだぞ。
ということですね。

今までの分まで、生きること満喫しろよ。

レオポンチョ

K様、よろしくお願い致します。